『パターソン』感想・考察|何もない毎日が、少し愛おしくなる映画

仕事に行って、帰って、ごはんを食べて寝る。今週もこれといって何もなかったな、と思うことがあります。『パターソン』の主人公も、ほとんど同じ毎日を過ごしています。でも、この映画を見ていると、その「何もなかった」の中身が少し気になってきます。

主人公はバスの運転手で、詩を書いています。詩人として成功するために仕事を辞める話でも、平凡な暮らしを抜け出す話でもありません。働いて生活する時間と、自分の言葉を探す時間が、同じ一日の中にある。その暮らしを眺めていると、自分のいつもの一日にも、まだ気づいていない楽しみがありそうに思えてきます。

前半は結末を伏せて紹介します。後半の考察にはネタバレがあります。参考映像にも本編の場面が含まれます。核心に触れる映像は、注意書きを開くと表示されます。

あらすじ

ニュージャージー州パターソンに暮らす、街と同じ名前のバス運転手パターソン。妻ローラと暮らし、いつもの道を走り、休憩にはノートへ詩を書きつけます。仕事を終えると犬を散歩させ、近所のバーで一杯。大きな予定のない日々が続きます。

新しいことに次々と挑戦するローラ、バスの乗客、バーの常連。周囲の人たちの小さな出来事を聞きながら、彼は自分のペースで一週間を過ごします。よく似た日々の中にも、昨日とは違う会話や、ふと心に留まるものがありました。

基本情報

作品名パターソン
原題Paterson
製作年2016年
製作国アメリカ
監督ジム・ジャームッシュ
主な出演者アダム・ドライバー、ゴルシフテ・ファラハニ、永瀬正敏、バリー・シャバカ・ヘンリー
ジャンルドラマ/恋愛

『パターソン』を何度でも観たくなる3つの魅力

1. 繰り返す一週間に、昨日とは違う小さな発見がある

映画公式サイト掲載配信:パターソン 日本版予告編(本編の場面を含む映像)

目を覚まし、朝食を取り、職場へ向かう。その流れが何度も出てきます。普通なら省略しそうなところですが、繰り返されるからこそ、今日はどんな朝だろうと待つ気持ちになる。事件が起きるかどうかとは、別の見方に慣れていきます。

隣で眠る妻の姿や、耳に入る乗客の会話。パターソンの生活は整っていても、周囲まで毎日同じではありません。同じ道を通っているはずなのに、その日の気分によって気になるものが変わる。そんな、普段なら忘れてしまう差を映画が拾ってくれます。

アダム・ドライバーの表情も、気持ちを全部説明しません。相手の話を聞いて、ほんの少し間を置く。笑っているのか、困っているのかを、こちらも眺める。その余白があるので、人物を急いで分類せずに、隣に座っているような距離で見られるんです。

刺激の少ない映画ではあります。けれど、退屈な日々を我慢する話とは違います。暮らしを変える大きな出来事がなくても、注意を向ける先は変えられる。いつもの朝にも、まだ見ていなかったところがあると思えてきます。

管理人
「何もなかった一日」って、あとから大ざっぱにまとめた言い方なのかもしれませんね。ちょっと笑った会話も、変な形の雲も、そのときは見ていたはず。パターソンの毎日には、そういうものを忘れる前の時間がある感じがします。

2. 誰にも発表しなくても、詩を書く時間が暮らしを支える

Bleecker Street配信:Paterson — Poem Clip(本編の場面を含む映像)

パターソンは思いついた言葉をノートに書きます。誰かに見つけてもらう場面より、一人で言葉を選んでいる時間のほうが長い。読者数や評価が見えなくても、彼にとって書くことには、すでに意味があるように見えます。

趣味の話をすると、販売するのか、発表するのか、何かにつなげないのかと聞かれることがあります。もちろん、それを目指す楽しさもある。でもこの映画は、その手前にある、ただ作ってみたいという時間を雑に扱いません。

詩のきっかけになるのも、立派な経験ばかりではありません。身近な品物や、毎日会う人への気持ち。題材が特別だから書けるのではなく、よく見ているから言葉が出てくる。その順番が、創作を遠い世界のことにしないんです。

本人が大事にしていることを、外から見える実績だけで測らなくていい。だからといって、才能を評価されなくても黙って耐えようという話でもありません。誰にも見せない時間を、自分のものとして持っていてよい。その穏やかさが心に残ります。

管理人
好きなことまで「それ、何になるの?」と考え始めると、休む場所がなくなりますよね。上達したい日も、ただ手を動かしたい日もあっていい。彼のノートを見ていると、誰にも説明しなくていい、自分だけの楽しみを残しておきたくなります。

3. 好みの違う夫婦が、相手の「好き」を否定せずに暮らしている

Amazon Studios配信:Paterson — Coming Home(本編の場面を含む映像)

ローラは、家の中の模様を変え、カップケーキを焼き、音楽にも興味を広げます。静かに詩を書く夫とは、表現の仕方も勢いも違います。彼女の思いつきに、少し落ち着かなくなる人もいるかもしれません。映画も、二人を何でも同じ好みの理想的な夫婦にはしていません。

それでも、パターソンは彼女の話を聞いて、すぐに成功しそうかどうかを判断しません。うまくいくのか、長続きするのかと先回りして終わらせず、まず聞く。その態度が、二人の部屋の空気を作っています。

ローラも夫の詩を大事にし、もっと人に見せてほしいと願います。自分には静かすぎる楽しみだからといって、無意味なものにしない。相手の世界を全部理解することと、その人が大事にしているものを尊重することは、同じではないんですね。

日常を描く映画には、生活の正解を見せられたように感じるものもあります。でも、この二人をそっくりまねする必要はない。違うペースで暮らす人と、どう隣にいるか。その小さなやり取りとして見ると、親しみやすくなります。

管理人
相手の話を聞いて、すぐ改善案を出さないのも、ひとつの優しさなんですよね。応援しているつもりで、始めたばかりの楽しみを仕事の相談に変えてしまうことがある。この二人の距離には、そこを急がないよさがあります。

ここからネタバレあり|結末・テーマの考察

ノートを失っても、悲しみを急いで片づけない

大切に書きためたノートが、犬によって破られてしまいます。ほかに残していなかった言葉を失うのは、本人にとって小さくない出来事です。映画はそれを、また書けばいいと一瞬で解決したり、犬を罰する話に変えたりしません。

妻が慰めても、気持ちがすぐ戻るわけではない。日常を愛する映画だからといって、日常の中の喪失まで軽く扱わないところがいいんです。失ったものを失ったまま抱える時間があるから、そのあとに来る出会いも効いてきます。

新しいノートの白いページが、もう一度書き始める場所になる

滝のそばで出会った日本人の詩人から、パターソンは新しいノートを受け取ります。中身は空白です。なくなった詩を返してくれるわけでも、彼を有名な詩人として認めてくれるわけでもありません。

それでも、もう一度書く場所はできる。過去を完全に取り戻してからでなければ始められない、と考えなくてよくなるんです。大きな再出発の宣言ではなく、ペンを持てる一日がまた来る。そのくらいの始まり方を、この映画は信じています。

よくある疑問

退屈な映画ですか?

大きな事件や速い展開を求めると、ゆっくりに感じると思います。一週間の中で同じところと違うところ、会話の間、妻とのやり取りに目を向けると、楽しみ方がつかみやすい作品です。

詩の知識は必要ですか?

必要ありません。詩の意味を全部解くより、彼が何を見て、どんな言葉を残したくなるのかを追えば大丈夫です。身近なものから言葉が生まれていく、その過程にも楽しさがあります。

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作品情報・参考資料

作品情報、公開されている感想・批評を参照し、本文の解釈は本記事の視点でまとめています。映像は配信元のプレーヤーで表示しています。