『はじまりのうた』感想・考察|失恋のあと、音楽と自分を取り戻す

好きだった曲なのに、ある人を思い出すから聴けなくなる。反対に、何でもない帰り道が、一曲のおかげで少し好きになる。『はじまりのうた』は、そんなふうに音楽と記憶が結びついている人に、きっと近いところから入ってくる映画です。

失恋した歌い手と、仕事も家族との関係もうまくいかない音楽プロデューサー。二人の出会いは、誰かが誰かを一方的に救う形には収まりません。一緒に音を作っているうちに、それぞれが次にどうしたいのかを考え始める。見終わったら、久しぶりに好きな曲を聴きながら歩きたくなる一本です。

前半は結末を伏せて紹介します。後半の考察にはネタバレがあります。参考映像にも本編の場面が含まれます。核心に触れる映像は、注意書きを開くと表示されます。

あらすじ

恋人デイヴに裏切られたグレタは、友人に促されてニューヨークのライブハウスで歌います。その歌を偶然聴いていたのが、音楽業界で居場所を失いかけているプロデューサーのダンでした。

彼はグレタの曲に可能性を感じますが、簡単にレコード会社を動かせる状況ではありません。そこで二人は、仲間を集め、ニューヨークの街を録音場所にしてアルバムを作ることに。思い通りにならない街の音まで取り込みながら、自分たちの音楽を形にしていきます。

基本情報

作品名はじまりのうた
原題Begin Again
製作年2013年
製作国アメリカ
監督ジョン・カーニー
主な出演者キーラ・ナイトレイ、マーク・ラファロ、アダム・レヴィーン、ヘイリー・スタインフェルド、ジェームズ・コーデン
ジャンルドラマ/音楽

『はじまりのうた』を何度でも観たくなる3つの魅力

1. 弾き語りに音が重なる瞬間、ダンの見つけた才能を耳で感じられる

映画公式サイト掲載配信:はじまりのうた 日本版予告編(本編の場面を含む映像)

最初のライブは、誰もが熱心に聴いている華やかな舞台ではありません。歌い手も、自信に満ちているわけではない。その場面がダンの側から描き直されると、弾き語りの向こうに、彼が頭の中で聴いている音が立ち上がってきます。

楽器の音が加わって、曲がまるで違って聞こえる。いい曲だと説明されるだけなら、そうなのだろうと思うところです。でもこの場面では、彼が何に惹かれたのかを、こちらも耳で確かめられる。発見した人の高揚感が、そのまま伝わってきます。

同時に、ダン自身がもう一度仕事を好きになる瞬間でもあります。最近の音楽を文句の対象として聴く人から、目の前の曲に何を足せるかと考える人へ戻っていく。彼が再び元気になる理由を、言葉だけに任せないのがうまいんです。

キーラ・ナイトレイの歌声は、強い声で押し切るというより、言葉を近くへ届けるように響きます。大きな会場で鳴る前にも、曲には曲のよさがある。その感覚が、後半まで大事にされています。

管理人
自分ではもう駄目だと思っているものを、誰かが面白がってくれることがありますよね。褒め言葉をもらうだけでなく、「こうしたら」と一緒に手を動かしてくれる。その出会いの嬉しさを、音が増えていく形で見せてくれる場面です。

2. 街の雑音まで取り込む録音が、仲間と作る楽しさを伝える

ネタバレを含む参考映像を見る
Interscope Records配信:Keira Knightley — Lost Stars(本編の場面を含む映像)

屋外で録音するのは、落ち着いたスタジオとは勝手が違います。人が通り、音が入り、予定通りには進まない。でも、この企画では街を完全に黙らせるより、その場所でしかできない演奏を探していきます。

その楽しさは、音楽の専門知識がなくても分かります。演奏する人が増え、周囲の人まで少しずつ関わってくる。完成したものを評価する前に、何かを一緒に作っている時間そのものが、すでに楽しそうなんです。

ダンの娘バイオレットにも、話し合いとは別の形で加われる場所ができます。親子の問題が一度の演奏で消えるわけではありません。それでも、父親から何かを言われる側だけでなく、一緒に音を作る人になれる。その変化には小さいけれど確かな喜びがあります。

現実の録音現場ならこうはいかない、と感じる部分はあるでしょう。映画も専門的な制作手順の教材ではありません。うまくいかないことばかり数えていた人たちが、今ある条件で何を楽しめるか考え始める。その明るさを味わいたい場面です。

管理人
何かを作るとき、完成品より準備の時間を思い出すことってありますよね。誰が遅れてきたとか、思わぬ音が入ったとか。この映画の録音には、あとで曲を聴くだけで、その場の顔まで浮かびそうな楽しさがあります。

3. 二つの「Lost Stars」が、グレタとデイヴの違いを浮かび上がらせる

ネタバレを含む参考映像を見る
Interscope Records配信:Adam Levine — Lost Stars(本編の場面を含む映像)

この映画では、曲は人の気持ちをそのまま届けるものとは限りません。歌う人、聴く場所、音の広がり方によって、同じ曲でもずいぶん違う表情を見せます。それが、音楽の魅力であり、人物同士のすれ違いにもなります。

デイヴの歌には、人を惹きつける力があります。一方、グレタが曲に残しておきたい距離感もある。どちらかを音楽として無価値だと切り捨てる話ではありません。ただ、自分が大事にしたものと、相手が目指す方向が同じではないと気づくことがあります。

恋人同士だから、曲を一緒に作ったから、ずっと同じ望みを持ち続けられるわけではない。その違いを認める場面に、歌が使われる。気持ちを説明するために音楽を流すだけではなく、歌を聴いたことが、その後の選択につながっていくところに、この映画らしさがあります。

だから、曲が好きという感想から、人物の選択へ自然につながっていきます。心地よい音楽を聴く映画でありながら、自分は何を好きだったのだろうと、少し立ち止まりたくもなります。

管理人
同じ思い出の曲を、相手も同じ気持ちで聴いているとは限らないんですよね。歌がよくなったかどうかと、自分がそこへ戻りたいかどうかも別。好きだったものを否定しないまま、違う道を選べるのが、この映画のいいところだと思います。

ここからネタバレあり|結末・テーマの考察

グレタが元恋人のライブをあとにした理由

終盤、グレタはデイヴのライブを聴き、会場をあとにします。彼が成功したから嫌いになる、というだけの場面ではありません。再び彼の隣にいることが、自分の望む音楽や暮らしにつながるのか。その答えを、自分で確かめているように見えます。

ダンとも、協力したから恋人になるという終わり方にはしません。深く関わり、人生の向きを変える相手でも、ずっと一緒に暮らす関係とは限らない。互いをきっかけにして、それぞれの生活へ戻っていけることが、この映画の後味を軽やかにしています。

アルバムの売り方も自分で決める、グレタの新しい出発

グレタは、できあがったアルバムをどう届けるかについても、自分で選びます。大きな会社に認められて契約することだけを、成功の唯一の形にはしません。聴いてもらうことと、自分の納得を守ることを、両方考えようとします。

劇中の販売方法を、そのまま今の音楽ビジネスの正解にする必要はありません。大切なのは、傷ついたあとに誰かから望まれるのを待つだけでなく、自分の曲の扱いを自分で決めることです。次の恋人を見つけるだけが、やり直しではない。自分の音楽を自分で届ける、その選択にすがすがしさがあります。

よくある疑問

音楽映画に詳しくなくても楽しめますか?

楽しめます。専門的な用語を理解するより、音が加わったときの変化や、一緒に演奏する人の顔を追う見方がおすすめです。気に入った曲があれば、見終わってから聴き直す楽しみもあります。

2013年の映画と2014年の映画、どちらですか?

この記事は日本の作品情報に合わせ、製作年を2013年と表記しています。映画祭での披露と各国の一般公開の時期は異なり、日本での初公開は2015年です。

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作品情報・参考資料

作品情報、公開されている感想・批評を参照し、本文の解釈は本記事の視点でまとめています。映像は配信元のプレーヤーで表示しています。