好きなものほど、誰かのすごさが分かってしまう。しかも、その相手が自分より努力しているようには見えなかったら。『アマデウス』が描く嫉妬には、他人事にしにくい面倒くささがあります。
モーツァルトの音楽をいちばんよく聴ける人が、その才能にいちばん傷ついてしまう。サリエリの目を通して観ることで、天才のまぶしさと、近くにいる人の苦しさが一緒に伝わる映画です。
前半は結末に触れずに紹介します。「感想・結末の考察」からは、重要な展開のネタバレを含みます。
『アマデウス』のあらすじ
年老いた作曲家サリエリは、若い神父にモーツァルトとの関わりを語り始めます。宮廷で評価されていた彼は、モーツァルトの音楽に心を奪われる一方、その本人の振る舞いに戸惑います。
自分が大切にしてきた音楽で、なぜこの青年が特別な力を持っているのか。尊敬と反感が絡み合うサリエリの語りから、二人の関係を描く物語です。
『アマデウス』の基本情報
| 原題 | Amadeus |
|---|---|
| 製作年・国 | 1984年・アメリカ |
| ジャンル | 音楽ドラマ |
| 監督 | ミロス・フォアマン |
| 主な出演者 | F・マーリー・エイブラハム、トム・ハルス、エリザベス・ベリッジ |
作品情報の参照:AFI Catalog:物語・配役・原作、Criterion Channel:公開版の作品情報。
『アマデウス』が不朽の名作といわれる理由3選
1.サリエリの嫉妬が、他人事に思えなくなる

画像出典:Warner Bros.公式公開動画/サムネイル
サリエリは、モーツァルトの才能が分からない人ではありません。むしろ楽譜を読むだけで、その音楽のすごさが分かってしまいます。だから悔しい。努力して得た自分の地位と、目の前の若者が軽々と作る音楽を、比べずにはいられなくなるんです。
F・マーリー・エイブラハムの表情には、感動と屈辱が同時に浮かびます。ただの悪役として笑えないのは、誰かの成功を喜びたいのに、心から喜べない気持ちを、ここまで細かく見せるからです。
2.クラシックを知らなくても、音楽の場面が面白い

画像出典:Warner Bros./公式作品画像
曲名や作曲の知識がなくても楽しめるのは、音楽が人の反応と一緒に描かれるからです。聴いているサリエリが動けなくなる。モーツァルトが鍵盤の前で得意げになる。誰かの顔を見れば、その曲が何を起こしたのかが分かります。
オペラの舞台には衣装も大勢の出演者もそろい、宮廷や劇場の華やかさも見応えがあります。伝記の合間に名曲を流す作りではなく、演奏そのものを見どころにしている。音楽映画としても、十分にぜいたくな一本です。
3.天才モーツァルトを、品のいい偉人にしていない

画像出典:Warner Bros.公式公開動画/サムネイル
映画のモーツァルトは、子どもっぽく笑い、無遠慮に話し、周囲を困らせます。あの美しい曲を書く人が、この人なのか。トム・ハルスの演技は、そんな驚きを何度も生みます。
一方のサリエリは礼儀や立場を大切にしている。二人の性格の違いがあるから、音楽で負けた悔しさだけでなく、どうしてこんな人に才能があるのかという怒りまで見えてきます。偉人の生涯をきれいに紹介する映画より、人間同士の衝突として面白い作品です。
感想・結末の考察【ここからネタバレ】
協力しているのに、気持ちは一つにならない
終盤の作曲をめぐる場面では、二人が同じ音楽に向かっている時間があります。サリエリには、その音を理解して書き留める力がある。それでも、相手のようには生み出せないという距離も消えません。
一緒に何かを作る喜びに近いものと、自分の望みがかなわない苦しさが同じ場面にあります。敵対しているとだけ説明できない関係が、最後にもう一度近く見える。その時間が、この映画の切なさだと思います。
語っているサリエリを、どこまで信じるか
物語は、年老いたサリエリが自分の人生を語る形で進みます。だから、モーツァルトについて何が起きたかだけでなく、サリエリが自分をどういう人物として残したいかも気になります。
天才の近くにいたという記憶は、誇りにも傷にもなっているはずです。これは史実の答え合わせだけをする映画というより、嫉妬した人が、その感情とどんな物語を作って生きるかを観る作品として面白いです。
作品についてよくある疑問
モーツァルトの死を解明した実話?
ピーター・シェーファーの戯曲を基にしたドラマで、史実の人物や出来事に大きな創作を加えています。映画の対立や告白を、そのまま歴史的事実として扱うことはできません。
どの版を観ればいい?
劇場公開版と、場面が追加されたディレクターズ・カット版があります。この記事は共通する人物関係と主題を中心に扱っています。購入や視聴時には、収録されている版を確かめると選びやすくなります。
あわせて観たい作品
誰かの才能を素直に褒められない日にこそ、刺さってしまう映画かもしれません。音楽を楽しみながら、こんなに自分の小ささまで気になる。その居心地の悪さが、何度も観たくなる理由でもあります。